距離を置くという大人の対応とは | Enjoy! Netbusiness

距離を置くという大人の対応とは〜人間関係って難しい

人間関係で大人の対応っていうけれど

人は、一人では生きていくことはできません。

この世に生まれてきた以上。少なからず両親は存在します。しかし、子供から大人に成長していく過程に置いて、両親との考え方の相違などは、普通に生きていれば必ず出てくるようになるものです。

人は、家族の他にも、会社や学校、地域のコミュニティなど「人との繋がり」というのは、気がつくとかなり多いものになっていきます。

そんな中で、意見やソリが合わない人に対して距離を置くという行動に出る人っていますよね。

もちろん、そういうような距離を置くという大人な対応というのは、あってもいいし、まずは、自分がストレスを感じていたり、お付き合いの中で我慢をしていたりしたら、距離を置くというのは一つの方法です。

距離を置く場合は

大抵の場合、人は必死に生きています。ですから、自分を守るために、努力をしたり、何かを犠牲にしたりしているのです。

そんな中、友人や同僚たちと意見が合わないとか、ソリが合わないという状況というのはとても辛いものです。

辛いですが、そのようなときは、我慢したり無理して合わせてしまうことになってしまう・・・

これが現実だと思います。

しかし、今までよりも、ソリが合わなというような人と距離を置くというのは、あなた自身の心の状態を保つために、仕方のない選択肢だとしても必要だと思います。

ただ、その場合は、しっかりと相手をリスペクトした上で、尊重した上でそのような行動を取るべきでしょう。

人には承認欲求、所属欲求があるので

人は知らず知らずのうちに、コミュニティを作っています。

今は、LINEグループとか、facebookグループなど目に見えるものもありますが、そうではなくても、気のあうお仲間同士でランチをしたりという具合ですね。

例えばですが、ママ友ってその典型ですよね。子供が同じ学校や幼稚園に通っていて、意気投合したママたちが、グループを作って和気あいあいという感じです。

最初に誰がそのグループを作ったのか、というのは別問題ですので、横に置いておきますが、そのグループにいれていただいたりするととても嬉しいのが人の心です。

でも、ちょっと離れてそのグループを見ていたときは、輝いて見えたものの、中に入ってしまうと見たくないものを見てしまったり、聞きたくないことを聞いてしまったりとそんなシーンに遭遇してしまうことというのはよくある話です。

グループとかにお誘いを受けると、そんなドロドロとしたことなどを考えずに、仲間にいれてもらえたということ自体が嬉しくて、誘っていただいたことが嬉しくて、自分は求められていると感じてしまう。

これっていうのは、承認欲求です。誰かに、あなたが必要だと言われれば誰も悪い気はしません。

むしろその逆で、心が満たされていく。仲間に加えてもらって嬉しいって。

思っていたことと現実とのギャップ

あの人たちと仲良しになりたいなあ、と思っていて、それがお誘いを受けて、ウキウキして、コミュニティに入ってみるとちょっと違う空気を感じたりしてしまうものです。

ランチ会などがあると楽しく盛り上がるその一方で、その場にいない人の悪口を言ったりしている人がいたり、人を憶測でディスったりというようなことってよくあるわけです。

人は、集まるとどうしても、ネガティブな話で盛り上がってしまうものです。人の不幸は蜜の味という言葉があるように、他者が失敗するとそれ見たことかと言って、そのことで盛り上がってしまう。

そんな気持ちっていうのは、私も人ですからわかります。でも、人の振り見て我が振り直せという言葉があるように、誰かの不幸や失敗を大勢で楽しそうに話をして盛り上がるというのは如何なものかと思います。

大人の対応として筋を通して距離を置く

もし、あなたの友人や仲間があなたと相いれないことをしてしまった場合、価値観が違うんだなと一旦冷静になる必要があると思います。

また、少なくともあなたは、友人だと思っていた、尊敬できると思っていた、信頼できると思っていたとしたら、相いれない行動をとった人にもしっかりとした理由があるかもしれません。

いや、あると思います。

相いれない意見を持った人をいきなり理由も言わずに遠ざけるというような距離の取り方というのは、あまりいいことではないと思います。

例えば、誰かと誰かが喧嘩したというような場合ですが、その場合というのは、どちらか一方だけの意見を聞くのではなくて、しっかりと両方の意見を聞く必要があると思います。

その上で、判断して大人の対応を取ればいい。片方だけの意見を聞いて、あの人最悪とか思ってしまうっていうのは、あまりにも短略すぎだと思います。

大人としての対応は、しっかりと筋を通すことでしょう。

この場合の筋とは、両方の意見をしっかりと聞き、あなたが公平な目を持ってジャッジするということです。

その結果、あ、やっぱりこの人の言っていることの方が信頼おけるとか、そこで判断すればいい。

逆の立場だったらどうします?

コミュニティに所属していて、あなたが誰かと衝突してしまった。そして、その誰かの意見だけが一方的に通ってしまい、あなたが疎外されてしまう。

このような時にあなたはどのように感じますか?

きっと気分が悪いと思いますし、どうして私の意見も聞いてくれないのだろうって思うはずです。

先ほども触れたように、人は、承認欲求がとても強いので、承認されなくなってしまうと心が平穏でいられないし、時には、気分も悪くなってしまうということさえあると思います。

そんな時でも受け入れよう

グループやコミュニティから疎外されてしまった、そんな時、あなたは悪いことをしていなくても、あなたは特に心当たりがなくても、結果がそうなってしまったら、それは仕方がないことと受け入れましょう。

人は千差万別です。あなたは、自身で何も悪いことをしていないと思っても、誰かを傷つけていないと思っても、そんな風に受け取られてしまうことっていうのは、少なからず、周りの皆さんに不快感を与えているわけです。

自分は正しい・・・。そう思って、実際にそうだとしても、距離を置かれてしまった場合は、それを受けれいるしか方法はありません。

私は悪くない!と声を張り上げたところで、壊れてしまった信頼関係を一気に修復するのは、とても難しいし、とてつもない労力を使うはずです。

考え方や見方を変えてみる

私は正しいと思っても、何も悪いことはしていないと思っても、相手や仲間がそう感じてしまったら、あなたに非があるのです。

日常の言動や行動をしっかりと見つめ直し、一回り成長させるぐらいの気持ちになった方がいいです。

失ってしまったものを追いかけるよりも、新しい自分をしっかりと作り上げていく方が絶対にいい。

そのほうが気持ち的に楽になりますし、何よりもこういうことがあるたびに、人として人の痛みがわかるようになるので、必ず成長できるはずです。

自分には、非がないと思うのはわかります。でも、疎外されてしまったり、距離を置かれてしまった時には、あなたが考えも及ばないようなことで、他者を刺激してしまっているのは事実なのです。

この事実をしっかりと受け止めるということが必要になります。

疎外されてしまったり、距離を置かれれてしまったりすると気分はよくありません。でも仕方がないじゃないですか。そうなってしまったら。

そこでもがき苦しむ必要は全くなくて、新しいスタートを切ればそれでいい。少しだけ考え方や見方を変える必要があるということです。

いじめというのはいじめられたと思った時に発生する

子供達が集まると少なからずいじめ問題というのは、出てきてしまうものです。

いじめる側にいじめようという意図や意思がなくても、いじめを受けたと思われたら、それは立派ないじめなのです。

ですから、グループやコミュニティから距離を置かれてしまった場合、あなたにそんな意識はなくても、いじめ問題と同様に、一定数の割合であなたの言動や行動に傷ついている人がいるのは事実なのです。

これをしっかりと認識するといいと思います。

承認欲求や所属欲求などは、それが満たされないと苦しいものです。でも、自分のどこがいけなかったのかということを考える機会があったなら、むしろ前向きに捉えていきましょう。

前向きに捉えて、しっかりと自分を磨いていく。このような気持ちってとても重要です。

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